''『冷えた白玉と熱い煎茶』''
『冷えた白玉と熱い煎茶』
事件が解決して10日ほどすぎた日の午後、昼寝をむさぼっている小兵衛のもとへ、
田沼意次が三冬と十騎ほどの供をしたがえて訪ねて来る。
おそらく、小兵衛は田沼意次を遠くからは見てはいると思うのだが、直接に面と
向かって対面するのは、このときが初めてではないかと思う。
その意次に、小兵衛は、「冷えた白玉」と「熱い煎茶」を出すのである。
裏の井戸の中へ、笊に入れた白玉が冷やしてあった。 おはるが、 「お目ざが、井戸に冷やしてありますからね」 と、出がけにいいおいたことばを、思い出したのである。 もち米の粉をねって、小さくまるめた白玉を皿にとり、白砂糖を たっぷりふ りかけたのと、熱い煎茶を三人分、盆に乗せてはこび、 「さて、このようなものが御老中のお口に合いますかどう か……」 小兵衛がいうや、田沼意次は莞爾となって、 「久しく口にせぬが、白玉は大好物。むかしむかし、母がよう、こしらえて下 されたものじゃ」 「それはうれしいことで……」 「む。うまい。よう冷えています」 「おそれいります」 (P349~350)
おはるは、小兵衛と昼をすませたあと、「野菜をとりに」関谷村の実家に出か
けている。
「お目ざが、井戸に冷やしてありますからね」
の「お目ざ」の意味が最初わからなかったのだが、今回読みなおしてみてよく
わかった。
いい日本語だなあと思う。
小兵衛と意次の会話もいい。
なんともいわれぬ、ていねいな日本語が使われているのである。
まだ『剣客商売一』のみであるが、大治郎の毎日の食事は別として、江戸には
ずいぶん素敵な食材があることに驚く。
野菜なども、人肥などをつかって育てられていたのだろうし、川や
田んぼなど
では、田螺、泥鰌、鯰等々もとれる。
贅沢ではないが、身体にいいものを食べていたんだなあとうらやましく思って
しまう。